顔面神経麻痺とペインクリニック
痛みの診断と治療が専門であるペインクリニックとどう関係するのかと、疑問に思われる方も多いことと思いますが、故田中角栄元首相が顔面麻痺になったときに、多忙な政治日程を調整しながらもほぼ連日、64回にわたって受けた治療がペインクリニックで施行された星状神経節ブロックです。
ある日突然、含んだ水がこぼれてしまう、目が閉じない、笑うと顔が曲るなどの症状で始まるのが顔面麻痺です。原因はウイルス感染、中耳炎、神経の腫瘍、側頭骨や耳下腺腫瘍などもありますが原因不明のものが多くを占めます。単に氷枕で冷やしたり、奥歯を抜いた刺激で起った例も経験しています。
治療はステロイドホルモンや血液循環改善剤、ビタミン剤などの投与が行われます。脳腫瘍や中耳炎などの原因が明らかな場合には原因疾患の治療が最優先されます。顔面神経領域に出る帯状疱疹(水ぼうそうのウイルス)によって起る麻痺(ハント症侯群)がありますが、ごく初期から抗ウイルス剤を併用します。
上記治療に加えてペインクリニックでは星状神経節ブロックの施行で,麻痺した神経の血流を改善し神経の回復を促します。
三叉神経痛
三叉神経は顔の感覚を担う脳の神経です。その神経は額・ほほ・あごに至る3本の枝から成る神経です。三叉神経痛の症状は顔面・頭部・口腔内などに、接触刺激や会話・食事によって、鋭く短い発作性の激しい痛みを感じるものです。特に会話や表情の変化など顔の動きによって激しい痛み発作が誘発されてしまいます。
原因はこの神経に血管が接触し、神経が押されて障害を受けているものがほとんどです。まれにこの部位の腫瘍が原因の場合もありますので、脳のMRI検査を行い画像でその状況を調べることが必要です。
治療は内服薬による治療をまず行います。多くの場合で効果が得られますが、中には徐々に効果が無くなったり、眠気や肝機能障害などの副作用が目について来る患者さんがいらっしゃいます。
内服薬で効果が得られない人や副作用で薬が飲めなくなってしまった人には、当院では三叉神経末梢枝ブロックを行っています。超音波診断装置を用いて神経が出てくる穴を見つけてそこにブロック注射をします。さらに当院では高周波熱凝固治療器を導入しており、より強い効果が期待できます。
まだ痛みが残っている場合には、三叉神経節ブロック(ガッセル神経節ブロック)を行い痛みの引き金となる神経の根本をブロックします。これは顔の深いところに注射するので入院が必要となります。
脳外科的に血管による圧迫を取り除く手術も考えられます。手術のリスクは伴いますが、三叉神経痛における根本的治療です。近年は手術の成績も上がってきており、高い効果が期待できます。また三叉神経に放射線を当てる治療(ガンマナイフ)も有効とされ、高濃度の放射線をかけることで三叉神経をなだめることができます。ご希望の方は手術ができる施設に紹介受診していただきます。
顔の発作痛に悩んでいらっしゃる方はご相談ください。
眼瞼けいれん・顔面けいれん
目の周りの筋肉が、突然、無意識のうちにぴくぴくと動くことを経験したした方もいらっしゃると思います。その多くは緊張した時、本を長時間読んだあとなど、目がつかれた時に起こるもので、大部分は数日で自然に治ってしまいます。しかし中には、いつまでも治らない方がいます。
眼瞼けいれんは、両側の目の筋肉が無意識に閉じてしまう病気で、症状が悪化すると目が完全に閉じ前を見ることができない状態になってしまいます。車の運転中に眼瞼けいれんが起こり、前の車に追突してしまった患者さんもいます。原因は不明ですが、40~70歳代の中高齢者で多く女性に多いのが特徴です。治療は内服薬を使う場合もありますが、ボツリヌストキシンを用いる治療が主流です。
顔面けいれんは眼瞼けいれんと同様、中高年齢層に発症し,初期は眼周囲の筋のけいれんではじまり,病状の進行とともに口角のけいれんを伴うようになります。症状は片側だけの顔に出るのが特徴です。症状が強くなると顔がゆがむぐらいに変形しまい人前に出るのがいやになってしまうほどのものです。
この疾患の原因は頭の中で、顔を動かす神経である顔面神経と脳の血管が接触するためといわれています。治療は、この病気の原因が脳の血管と神経が接触しておこるということから、血管による神経の圧迫を手術で取り除く治療法があります。有効率は高いですが、頭を開けて手術しなくてはならないために入院が必要なのと、顔面神経の麻痺や聴力障害などの大きな合併症が起こることがあります。また再発も少なからずみられます。眼瞼けいれん同様、ボツリヌストキシンを用いる治療が主流です。
痙性斜頸
痙性斜頸(けいせいしゃけい)は、首や肩まわりの筋肉が自分の意思とは関係なく収縮してしまい、頭や首・肩などが勝手に曲がり不自然な姿勢を示してしまう病気です。 その多くは明らかな原因がなく発症しますが、向精神薬などによって起こることも知られています。
原因としては、脳の内部にある姿勢を維持するためのシステムが何らかの障害を起こすことによるものと考えられていますが、詳細については解明されていません。無意識に不自然な姿勢が維持されてしまうために、首や肩に痛みが出てしまう場合や、患者さんが周りの人に対して気おくれしてしまうといった心理的な問題を招く場合もあります。 頚椎牽引や整体など、無理矢理に通常の姿勢に戻そうとする治療を行うと、しばしば重症化してしまうことがあるので注意が必要です。
治療は眼瞼けいれんや顔面けいれん同様にボツリヌストキシンを用いますが、当院ではリハビリテーションを行うことで筋肉の収縮や痛みを和らげるのに役立てています。
ボツリヌストキシンによる治療
ボツリヌストキシンとは筋肉を緩ませる作用のある物質で、もともとは食中毒の原因菌であるボツリヌス菌が出す毒素でしたが、これを医療用に安全に作ったのがこの薬です。
ボツリヌストキシンによる治療はどこの病院でもおこなうことができません。当院のように許可を受けた施設だけが行うことができます。まず十分な問診と治療の説明がなされ、この治療が適応と判断された患者さんに対して行われます。もちろん患者さんの同意が必要になります。治療は原則外来で行います。ただし登録、薬の入手に約1週間ほどかかりますので予約が必要となります。
治療の方法は、けいれんして動いている目の周りや顔の筋肉に、とても細い針で薬を注射します。痛みも少なく短時間で終了し、少し休まれた後帰宅が可能になります。当日から入浴も可能で特に安静は必要ありません。
なお当院では、痙性斜頸の治療に際して筋電図検査を行っております。これは筋肉に針を刺して筋肉の電気信号を感知する検査で、異常な筋肉を同定することができます、また超音波診断装置(エコー)を用いることで筋肉を見分けることができ的確な筋肉に注射をすることが可能です。さらにボツリヌストキシン注射を行う際にもエコーを用いており、より正確な注射を心がけております。
効果は2~3日してゆっくりと現れます。 その効果はおよそ3ヶ月から半年持続します。時間がたつと再発するのがこの治療法の一番の欠点です。しかし効果が切れても再注射すれば症状はまたおさまりますので定期的な治療が必要になります。しかし今までの治療にくらべれば患者さんとっては苦痛の少ない、有効性の高い治療法です。