椎間板ヘルニア
高齢者に起こる腰痛症と比較して、若い年代の腰痛症や坐骨神経痛の原因として多いのが椎間板ヘルニアです。椎間板ヘルニアは腰骨と腰骨の間にあるクッションが破れて中身が飛び出し神経に当たっているものです。以前には、「椎間板ヘルニアが自然に吸収されていく」ことはないとされていました。しかし、阪神大震災で手術予定の椎間板ヘルニア患者が手術できないままに放置され、その後症状が無くなったために再検査したところ、「約半数の患者さんのヘルニアが消失または縮小していた」と報告されました。日本ではこの報告がなされてから椎間板ヘルニアの手術は、患者さん全体の30%であったものが15%に半減してしまいました。ただし、尿や便が上手く出せない、漏れる、足に力がはいらない場合は、手術が必要とされています。
また、椎間板ヘルニアによる痛みの大きさは神経の炎症の激しさで決まり、ヘルニアの大きさとはあまり関係がないという報告があります。正常な神経は、先の丸いもので押しても痛みは感じません。ところが、神経が炎症状態、すなわち頭をぶつけてたんこぶが出来ている状態ではちょっと押しただけでも強い痛みを感じます。ペインクリニックでは炎症を鎮める薬を注射する硬膜外ブロックや、神経根ブロックを行っています。神経ブロックによって痛みは劇的に軽くなり、痛みに悩まされる期間も短くなります。
炎症が良くなっても痛みが続く場合、特殊な針で椎間板の中身を少し取り出し、飛び出した部分の圧力を弱める治療があります。圧力が弱まると神経を押す力も弱まるので痛みが楽になります。経皮的髄核摘出術と椎間板加圧注入療法という方法ですが、安静のため2泊3日の入院が必要となります。通常の健康保険での治療が可能です。
痛みが取れたからといってすぐに長距離ドライブやゴルフに出かけてはいけません。痛みがあるつもりで傷ついた椎間板をかばいながら回復を待つことが大切です。
脊柱管狭窄症
しばらく立っていたり、歩くと腰や足が痛くなったりしびれたりする症状は、腰部脊柱管狭窄症という病気かもしれません。背骨の神経(脊髄)が通る脊柱管が、年をとり手足の節々がゴツゴツしてくるように靭帯が厚くなったり、椎間板が飛び出したり、骨が変形して狭くなる病気、というよりは年齢的変化です。痛みやしびれは、脊柱管の中を通っている神経が圧迫されて起こります。腰部脊柱管狭窄症には、しばらく歩いたりたっていたりすると症状が出て、少し休むとよくなることを繰り返す〝間欠跛行(かんけつはこう)〟という特徴的な症状があります。歩くのは難しくても自転車に乗ることはできる、立って背骨を伸ばした時に腰が痛くなる、杖を使用したり、前かがみの状態では症状が出ないなどの特徴から、よく似た症状を示す動脈硬化によって起る下肢の閉塞性動脈硬化症と区別します。
症状から腰部脊柱管狭窄症が考えられる時は、MRIという検査で脊柱管が狭くなっている程度と原因を確認します。
腰部脊柱管狭窄症は三つの病型に分類されます。
- ① 馬尾型 脊柱管そのものが狭いためにそこを通る神経の束(馬尾)全体が圧迫されている。
- ② 神経根型 脊柱管から神経が出る孔(椎間孔)が狭くなって神経の根元(神経根)を圧迫している。
- ③ 混合型 馬尾型と神経根型の病態と症状が混在しているもの。
治療では、患者さんが高齢のためなるべく体に負担のない方法を考えます。最初は薬物治療や神経ブロック療法(硬膜外ブロック)で血流を改善することから始めます。歩行障害には劇的に有効な漢方薬がありますので、私たちはまずこれを試すことにしています。この漢方薬は人によっては高血圧が悪化したり浮腫みがでることがあるので、お出かけ前など必要なときだけ使用することがすすめられます。
特にふくらはぎの引きつり(こむら返り)には深腓骨神経ブロックという治療をすると、連日連夜の痛みが嘘のように改善します。一度の治療で二週間から一ヶ月は有効です。
神経根型の場合は、痛んでいる神経そのものを治療する神経根ブロックが非常に有効です。
狭窄が進行して神経障害が進むと、残尿や頻尿、便秘といった排尿・排便の異常や、会陰部の痛みやほてりなど思わぬ症状がでることもあります。このような症状が出た場合には手術療法も考えなくてはいけません。ただし、高齢者が多く、循環器系や呼吸器系の合併症のある場合が多いので、私たち麻酔科医としては、「この症例の麻酔をかけろ」といわれてちょっとためらうような症例には手術をすすめません。
こむら返り
皆様の中にも筋肉が、痛みを伴い急激に固くなった経験をした方がおられると思います。ふくらはぎ(こむら)に生じることが多く,こむら返りと呼ばれています。こむら返りの70%以上は健康な人に発生して、発生後もほとんどが問題ありません。病的なこむら返りとして変形性脊椎症,腰部脊柱管狭窄症,腰椎椎間板ヘルニアおよびこれらの疾患に対する手術後に起こるものが知られています。また、脱水など多くの内科的疾患も原疾患となり、スポーツ選手にもしばしば発生します。高齢者のこむら返りは夜間によく起きることがあり、その原因として脊髄やそこから出て行く神経の圧迫が原因と考えられています。患者さんは痛みによる不眠といつ起こるか分からない恐怖感で辛いにもかかわらず,こむら返りを主訴として外来を訪れることはほとんどないのが実情です。当院に腰下肢痛で通われている患者さんでも、こむら返りは病気ではない、治療出来ないと考えられている方が多く、こちらから聞いて初めて気がつく事があります。
従来の治療は筋弛緩剤の投与や温熱療法などが一般的でしたが、効果はほとんど期待できませんでした。漢方薬の効果も十分とは言えず、長期連用による副作用があり、当院でも今までは治療が困難な病気でした。しかしながら、深腓骨神経ブロックが効くという報告があり、当院でも行ったところ90%以上の治療効果が得られました。深腓骨神経ブロックは足の甲に細い針で薬を注射するだけの治療ですが、患者さんによっては1回の治療でこむら返りが治ってしまうこともあります。また、こむら返りには病的なものも含まれているため、当院では治療と同時に原因の検索も行っています。
痛風
痛風は主として肉類の多食によって、血液中の尿酸という物質が増えて、これが主として足や膝の関節に結晶をつくるためにおこる関節炎として発症します。原因が肉類の多食ですので、忘年会や花見シーズンに多いようです。症状は主に足の親ゆびのつけねの関節が赤く腫れ上がり、ズキンズキンと痛み出します。安静時も痛みますが、歩行で特に痛みは激しくなります。
通常発作時の治療は鎮痛剤や湿布です。特効薬のコルヒチンという薬は遺伝子に傷をつけるので若い人には使用できません。従来の治療ではこの発作は1週間から10日間も続き我慢を強いられました。
ペインクリニックの痛風発作の治療は画期的です。仙骨硬膜外ブロックという注射で発作の起っている関節の血流を改善し、局所の炎症物質を洗い流してしまいます。痛みはたちどころに消え、真っ赤に腫れ上がっていた関節も見る見る正常に近づきます。普通1?3回の治療で関節症状はなくなります。
関節症状がとれてからが痛風治療の本番です。第一に食事療法、肉はもちろん魚の卵や白子、納豆など豆類の多食と過度の飲酒を避けて穀物や野菜中心の規則正しい食事をしなければなりません。また、高血圧の薬などで尿酸を上げる作用のものもありますので、生活全般のチェックが必要です。
関節炎発作を繰り返すたびに、関節の破壊は進みますし、常に血液中の尿酸が高い状態では腎臓その他重要な臓器に障害を引き起こしますので注意が必要です。
また薬で尿酸を急に下げすぎることも発作の原因になりますので、基本は規則正しい食事と生活によって、血液中の尿酸値を常に正常範囲内に、しかも一定に保つ努力が欠かせません。